厠草子

これで尻でも拭いてください

Sくんへ(追悼にかえて)

 お久しぶり。まさか歳下のあなたが先に旅立ってしまうとは思いませんでした。最後に会ったのはあなたが中学生か、もしかしたら高校生くらいの頃かな。いつも笑顔で天真爛漫に見えたあなたが、よもや生きていることをやめたくなるくらいに苦しんで、自分で命を絶とうとは想いもしませんでした。

 あなたの訃報を知って最初に思ったのは「死ぬ前におばちゃん(わたし)に相談してくれたらよかったのに」でした。死ぬくらいなら、全然関係ないおばちゃんに愚痴の一つくらいこぼしてから決めたら良かったのに、と思いました。でも、それはどう考えても叶わない願いですね。死にたいくらいに辛いときって、もう世界の誰も、自分のことなんて助けてくれないと思うものですもんね。

 わかります。わたしもわたしの弱音を、利用したり馬鹿にしたり面倒くさがったりせずに受け止めてくれる人が、果たしてどれだけいるだろうかと思います。友だちや知り合いの大多数には普段平気なふりしか見せてないし、ここだけの話、そもそもわたし個人に興味や好意のあるやつなんていないんじゃねえの、とすら思っています。みんな、共感や傾聴や肯定といった見返りがほしいから相手してくれるんだろうなと。

 どこにも味方なんていない、と思ったら、本当に世界は暗いですよね。それは、向こう側に行こうと本気で考えて本気で実行したことのないわたしにも、覚えがある感覚です。


 もう死んじゃってるからどうしようもないけど、もしタイムマシンがあって今すぐ生きてたころに戻れるなら、一回だけでもあなたと話したかったです。

 安くてカロリーの高いモノばっかり出てくるタイプの飲み屋に引っ張りこんで、いっぱい飲んで食べて、お腹が膨れてひと心地ついたところで「実はおばちゃんも友だちが少なくてさ、集団にはだいたい馴染めないし、仕事も粗相だらけで泣いちゃいそうになる日があるよ」って話ができれば良かった。そして、でも誰からも気にされなくても生きてていいし、自分の居場所は好きなところに作ればいいじゃんって言ってあげたかった。

 好きなものとか、好きなこととかあったでしょ、そういうものだけいっぱい抱えて、孤独に生きてるのだってぜんぜん楽しいよ。家族から離れて暮らしたかったら、助けてくれる社会の制度もいっぱいあったんだよ。友だちなんていなくても平気だし、作りたくなった時に作ればいいんだよ。

 ひどいことを言ったりやったりふれまわったりする人は田舎に置き去りにして、ぜんぜん違う土地で生きたっていいんだよ。

 もちろんわたしはさ、起死回生の一手を打って今ここにいるわけじゃないから、あなたが置かれていた状況でそれができたかどうかはわからない。ただ、小さな逃げをたくさん打って、できる範囲で社会に背を向けて、好きなことして、ときどき誰かをアテにして、気づいたらなんとなく生き続けることができていたよわたしは。

 おばちゃんはお金もないし、頭も良くないから、直接的に力になってはあげられなかったかもしれないけど、こういう大人もいるんだなって知って欲しかったな。もし趣味が合えば話し相手くらいにはなれたかもしれないし、それにおばちゃんと話が合わなくても、どこかに君と話の合うやつがいるかもって、少しばかり思えたかもしれない。こいつは使えない大人だけど、まあこんなんでも生きてるからもう少し楽になってみようかなって、それくらいは思ってもらえたんじゃないかな。

 

 まあ、もう死んじゃってるから今更言ってもしょうがないか。せめて今から神様のところに行って文句でも言うんだな。ついでにわたしの分もよろしく伝えておいてよ。そのあとは、蓮の台な何だか知らないけど、ふかふかした暖かいところでくつろげるといいね。

 ふつうに考えたら生きてる人間より死んだ人間の方が圧倒的に多いわけだし、友だちとかもそっちで探した方が、案外選択肢が広がっていいかもしれないね。すごい人にも会えるかも。万が一、夏目漱石林芙美子に会ったらわたしの代わりにサインもらっといてよ。まあこっからじゃ本も色紙も渡せないけどさ。

 

 わたしはここで、君を軽率に飲み屋に誘えるおばちゃんになれなかったことを悔いながら、もう少し生きていようと思います。

傷ついた魂がこれ以上苦しむことがないように。どうか安らかに。